【レビュー】 ヒストリエ 作者:岩明均


あまりに面白いアレクサンドロス大王の書記官エウメネスの生涯

ヒストリエは、『寄生獣』『七夕の国』などで有名な実力派作家 岩明均氏の作品で、実在の人物エウメネスの人生を題材にした歴史ロマン漫画だ。

エウメネスとはどんな人物かというと、かの有名なアレクサンドロス大王の書記官を務めていた人物で前半生がかなり謎な人物だ。
それはヒストリエ風に表現すると記録する側から記録される側に移ったからとなる。
彼はアレクサンドロスが生きている間は書記官としての任務を全うし彼が記録する側である以上自分の事を書きたくなければ書く必要もなかった。
しかしアレクサンドロス没後「ディアドコイ」と呼ばれる後継者戦争に巻き込まれていく事になり彼は記録する側からされる側に回った。

書記官という官職を作者なりに調理

ヒストリエのエウメネスの人物像は、飄々としていて名声や権力、黄金や美女に興味がなく、強烈に持っている欲は知識欲。
運命に翻弄されて軍人になるが本に囲まれる仕事を与えられると大喜びする。
生い立ちに大きな悲しみを持っているにも関わらず性格に歪みがなく人当たりも優しい。

そういった好人物として描かれている。
とは言え、作者である岩明氏は主人公だからエウメネスを好人物に描いたのではないように思える。むしろ好人物だったからエウメネスを主役にしたのではないか。
アレクサンドロスの歴史を描くに辺り同時代の人物を作者は散々調べただろう。少し時代は遡るもののヘウレーカという短編も執筆している。
激動の時代に綺羅星の如く群がる歴史上の人物の中でエウメネスこそ主役に相応しいと判断したのだと思う。

それにしても漫画というのは一つの作品を書き始めると長期連載に至る場合が多い。
昔読んだ岩明均氏のインタビューに、自分は幾つもの作品を器用にこなせるタイプの作家ではない。というものがあったと記憶している。
その言葉通り著者は2004年からヒストリエを連載し現在まだ8巻だ。
ほとんど10年経過した。現在の進行スピードからいけばあと20年は連載を続ける必要があるように思える。
作者にとってエウメネスは一生の仕事の相棒のようなものとなるだろう。

忠臣であり無敵のエウメネス

アレクサンドロス没後の後継者戦争でエウメネスはアレクサンドロスの正当な血統を守るために戦った。
そして兵力において不利があっても戦略、戦術を駆使しほとんど負けなかった。
最後は部下の裏切りによって捕らえられ処刑されるのだが知恵では誰にも負けなかった印象があり非常にヒーロー的だ。
エウメネスは諸葛孔明であり竹中半兵衛である。
誰もが素直に応援できる王道であり時代最高の頭脳とそれを行動に移す英雄的な胆力を擁していた。
にも関わらず日本での知名度はイマイチで素材としては最高だといえる。
エウメネス像を作者が自分で作ることが出来るのだ。そして既に日本でのエウメネス像はヒストリエのエウメネスとなっている。

名言の宝庫 ヒストリエ

ヒストリエの魅力に素晴らしい言葉の数々がある。
人生の指針になってしまいそうな素晴らしいパワーのある言葉だ。

”人の心は弱いもの……と言うより かなりあやふやで変形しやすいものだという事をこの経験は学ばせてくれた”

エウメネス ヒストリエ 2巻

”ぼくがスキタイ人である事と スキタイ人奴隷トラクスが どの時点で死体になっていたか解明する事は別の問題だろ?”

エウメネス ヒストリエ 2巻

”急ごう! 宝飾店なんかで待たせた日にゃ ペリアラの欲望はじゃんじゃか膨らむぞ!”

エウメネス ヒストリエ 2巻

”図書室で読むのは学校の授業とは直接係わらないモノが多いんだけど…… でも考えを組み立てたり 少し角度を変えて物事を見たりするのに役立っていると思う……それが学校の成績に出たんなら良かったよ”

エウメネス ヒストリエ 1巻

”今ふり返ると…… 全ての始まりは その”図書室”であったように思う”

エウメネス ヒストリエ 1巻

”誰にもじゃまされず ひとり書を読む…… 最も心地よい歩調で世界が広がってゆく”

エウメネス ヒストリエ 1巻

”地球の大きさからしたらほんのわずかだ”

エウメネス ヒストリエ 1巻

”えっどこですか 例えば!? 例えばどこが間違いなんですか!?”

エウメネス ヒストリエ 1巻

このように1巻、2巻を紐解くだけでも数々の名言が溢れてくる。
わたし個人としては「本、図書館」にまつわる言葉が非常に好きだ。

ヒストリエを読んでないなら人生の半分を損してる

大げさなようだがわたしはそのくらいこの本が好きだ。
一生読み続けると思う。
そして好きなモノだからこそ人にもオススメしたいと思う。
このレビューに触れた方が僅かでも興味を持ちヒストリエの1巻を手に取ってくれたならファン冥利に尽きるというものだ。

””は、講談社「ヒストリエ」 作者:岩明均から引用