のび太 命名に込められた作中では描かれない藤子F不二夫の想い

ドラえもんの相棒のび太。聞きなれてしまったので違和感がまったくないが、現実ではありえない変わった名前だ。なぜそのような名前にしたのか、そこにはある隠されたエピソードがある。

作中ではのびのびと育つようにという両親の想いが語られているが、それとは別の作者の想いがある。 のび太は勉強も出来ない。いじめられる。忘れ物をする。立たされる。怒られる。会社を作れば火事で倒産する。などなど、もはや呪われているのではないかというレベルだ。そういうのび太のキャラクターに対して、もし「ミツオ」とか「しょうた」とか「栄一」とか一般的な名前を付けたとしたら、同じ名前の子供がいじめられるかもしれない。そうしたら可哀想だ。そう作者は考えた。

その結果、現実には存在しない名前、のび太と名付けた。これはドラえもんという作品の本質を表すエピソードだと思う。そういう少年読者に対する丁寧で優しい配慮があるから、藤子F不二夫のマンガは高度なSF理論を背景にしても小学生に分かるように低学年でも楽しめるようになっている。そこまでの果てしない読者への優しさと、それを予測する圧倒的な想像力が藤子F不二夫マンガの魅力なのだと思う。

明確な目標を持たない主人公たち

まんがの主人公たちには目標を明確に持つ者と、はっきりとした目標が無い者がいる。
例えばワンピースのルフィは海賊王になる目標があり、ナルトも火影になる目標がある。 対してドラゴンボールの孫悟空は、最初から「もっと強い奴と戦いたい」とか言ってたかなという感じだし、 幽遊白書の 浦飯幽助も、やるしかないから、頑張るというノリだ。 昔からあるパターンで、誰かを探すとかヒロインに好かれたいという動機も多いが大抵は物語の確信には関係ないような事が多い。
逆に言えばナルトとルフィはかなり異例な主人公なのかもしれない。 マンガで描かれる主人公は、思春期前後が多く、まだ人生の目標を持っていない場合が多い。 主人公たちの変わった目標を並べてみる。

ブラックジャック 復讐

デスノート 革命

のび太 楽したい

のび太は一貫性なく楽と面白いを常に追い求めている感じ。

【漫画の名言】 「一番いけないのは自分なんか駄目だと思いこむことだよ」 のび太 -ドラえもんより-


”一番いけないのは自分なんか駄目だと思いこむことだよ”

ドラえもん のび太

ドラえもん 7巻、のび太の名言。

さすが、のびのび育つようにと名付けられたのび太だ。実に清々しく図太い言葉だ。いくら怒られても反省せずに0点や遅刻、忘れ物を繰り返すメンタリティはある意味こういったポジティブ思考が根幹にあるのだろう。少しは自分を駄目だと思えよのび太。それにしてもこれは名言だ。

勝海舟もこんな言葉を残している。「自分の価値は自分で決める事さ。つらくても貧乏でも自分で自分を殺すことだけはしちゃいけねえよ。」また司馬遼太郎はこういっている。「 おれは、かつて、おれ自身に惚れこんだことがなかった。自分に惚れこみ、自分の才を信じて事を行えば、人の世に不運などはあるまい。 」自信を持つ勇気を持とう。自信こそが、事をおこす原動力なのだ。

 

””は、小学館「ドラえもん」 作者:藤子・F・不二雄から引用