ご機嫌でいる事が何よりも大事 漫画の名言で前向きになる。 【まんがびとの心得】

”これでいいのだ”

天才バカボン バカボンのパパ

ご機嫌というのは人間が生きていくうえで非常に重要なキーワードだ。

機嫌は不思議なもので周囲の人にあっという間に伝染する。
その伝染速度はインフルエンザウィルスよりも遥かに速い。
家族の中に一人不機嫌な人間がいれば30分後には全員発病。みんなで不機嫌になるのは簡単だ。
逆に家族の中に一人でもご機嫌な人がいれば、30分後にはみんな楽しくなってくる。
この法則は職場でも学校でも同じだ。

 

社会は自分の鏡だ。

相手は自分を映しているし自分も相手を映してしまうのだ。

”どっちも自分が正しいと思ってるよ

戦争なんてそんなもんだよ”

ドラえもん

 

賢い人は、まず自分がご機嫌になる。

自分がご機嫌になる事によって周囲をご機嫌にする。

 

類は友を呼ぶ。

 

自分がご機嫌ならご機嫌な人ばかり周りに集まってくるのだ。
想像してみよう、ご機嫌な人に囲まれた、ご機嫌な人生を。

 ご機嫌でいる事が何よりも大事だといつも忘れないでいたい。

”あの少年は、人の幸福を歓び、人の不幸を哀しんでやれる子だ。

人間にとってそれが1番大事なことなんだからね。”

ドラえもん 静香ちゃんのパパ

 

 

””は、講談社「天才バカボン」 作者:赤塚不二夫から引用
””は、小学館「ドラえもん」 作者:藤子・F・不二雄から引用

*まんがびとの心得とは?
漫画の名言を題材にした熱いコラムです。生きるヒント。心の栄養。モチベーションアップをテーマに独自に名言を解釈したコラムです。

藤子不二夫、コンビ解消の理由について考える

ぼくは藤子不二夫が大好きだ。藤子不二夫は沢山の作品の中で友情を描いてきた。ドラえもんだってのび太とドラえもんの友情物語だった。ハットリくんとケン一もだ。
そういう意味で彼らの解散というのは何か釈然としなかった。友情の大切さを常にぼくたちに提示してきた本人たちが何故と思った。 まだ子供だった僕は、その原因を調べるという発想もなかったし手立てもなかった。ただ不思議なもので子供の頃に気になっていたものは、ふと大人になっても頭をよぎるものである。 「そういえば、なんで藤子不二夫はコンビを解消したんだろう?」そう疑問が出れば答えを探すのは現代では簡単な事でインターネットでちょっと調べれば答えが分かる。

以下wikipediaから引用- 伝記本による[要出典]と、藤本が入院した時にコンビ解消を考えたともいわれる。藤子不二雄としての著作権料は関与の度合いに関係なく均等に二分割だったが、どちらかの死後、遺族によって著作権と金銭で確執が起こると考え(特に実質的に藤本作品である『ドラえもん』の巨額の著作権料の分配が問題となると予想された)、それを未然に防ぐためにコンビを解消したという[15]。安孫子によると、コンビ解消を切り出したのは、藤本の方であった[16]。また藤本夫人の藤本正子によると、きっかけは1986年、藤本の入院だった。胃癌[17]の手術後、藤本は復帰したが、また体調を崩し、その翌年に「安孫子氏と別れようと思う」と打ち明けた。正子は「(復帰後の)スタジオの雰囲気が違っていたのでしょう」と述懐している[18]。 —引用ここまで
ぼくは、これを読んで二人は友情の締めくくりが遺族の争いにならないように別れたのだなと思った。美しく考えすぎかもしれないが、ぼくは藤子不二夫信者だから、それで溜飲が下がった。

そして最近、藤子F不二夫の異色短編を読んでいて、一つの答えの様な作品を見つけた。 どういった話かというと、藤本氏を髣髴とさせる老人の家に久しぶりに我孫子氏を髣髴とさせる老人が訪ねてくるというもので。 二人の会話は、たわいもなく、「やあ、久しぶり」とか「すっかり禿げたな」「そっちこそ」みたいな感じだ。 そこではノンビリとした緩やかな友情関係が描かれていた。そして会話は時間の流れへの疑問に変わり、二人はお互いに遠慮なく高度にSF的な時間論を交わし始める。 そこに描かれている二人は、少年時代から想像を語り合っていた姿そのものなのだろう。 そういう友情を残したかったからコンビを解消したんだなと腑に落ちた。そして二人の友情のゴールを見れて、満足した。もちろん作品の中の話なので実際にそういう事があったかわからない。 それでも、そういうビジョンがあったというだけで満足なのだ。 それはのび太とドラえもん、ハットリくんとケン一の友情の結末でもあるように感じた。

 

のび太くんを選んだ君の判断は正しかったと思うよ。 しずかちゃんのパパ

” のび太くんを選んだ君の判断は正しかったと思うよ。 あの青年は人の幸せを願い、 人の不幸を悲しむことのできる人だ。 それが人間にとって大事なことなんだからね。 彼なら、まちがいなく君を幸せにしてくれると、僕は信じているよ。” 

ドラえもん しずかちゃんのパパ

 

ドラえもんのしずかちゃんのパパの言葉。

人間の価値とはこういう事なのだと思う。のび太は怠け者だし能力もないし意思も弱いが、 心が優しい。逆に言えば、人間にはのび太と反対の性質が色濃い。 人の幸せを妬み、人の不幸で自分の幸せを実感する。そういう卑怯でずるいのが人間の心。 だからこそ、のび太の性質は尊い。

福沢諭吉もこう言っている。
世の中で一番楽しく立派なことは、一生涯を貫く仕事を持つことです。
世の中で一番みじめなことは、人間として教養のないことです。
世の中で一番寂しいことは、する仕事のないことです。
世の中で一番醜いことは、他人の生活をうらやむことです。
世の中で一番偉いことは、人のために奉仕し、決して恩にきせないことです。
世の中で一番美しいことは、総てのものに愛情を持つことです。
世の中で一番悲しいことは、嘘をつくことです。

 

””は、小学館「ドラえもん」 作者:藤子・F・不二雄

 

【漫画の名言】 「一番いけないのは自分なんか駄目だと思いこむことだよ」 のび太 -ドラえもんより-


”一番いけないのは自分なんか駄目だと思いこむことだよ”

ドラえもん のび太

ドラえもん 7巻、のび太の名言。

さすが、のびのび育つようにと名付けられたのび太だ。実に清々しく図太い言葉だ。いくら怒られても反省せずに0点や遅刻、忘れ物を繰り返すメンタリティはある意味こういったポジティブ思考が根幹にあるのだろう。少しは自分を駄目だと思えよのび太。それにしてもこれは名言だ。

勝海舟もこんな言葉を残している。「自分の価値は自分で決める事さ。つらくても貧乏でも自分で自分を殺すことだけはしちゃいけねえよ。」また司馬遼太郎はこういっている。「 おれは、かつて、おれ自身に惚れこんだことがなかった。自分に惚れこみ、自分の才を信じて事を行えば、人の世に不運などはあるまい。 」自信を持つ勇気を持とう。自信こそが、事をおこす原動力なのだ。

 

””は、小学館「ドラえもん」 作者:藤子・F・不二雄から引用

 

大長編ドラえもんに見る現実と非現実と冒険

大長編ドラえもん。映画用に書き上げられた単行本一冊に及ぶ長編である。もちろん作者は藤子F不二雄だ。 作品の特徴として、まずは、ご近所、日常から始まる。それが何かの拍子で非現実と混ざり合う。大抵は、ドラえもんの秘密道具がスタートだが、宇宙からの侵略者だったり、隠された陰謀があって、それが顕在化する事も多い。

様々な意見があるだろうが、大長編ドラえもんの最大の面白さは、現実と非現実が重なる部分だ。それは鉄人兵団で鏡の世界の中、のび太たちがスーパーや本屋、おもちゃ屋を無料で利用する瞬間であったり、”のび太の魔界大冒険”で”もしも電話”を使った次の日の魔法の世界だったりする。そこで、読者は日常から非日常に迷い込む。そして次に待っているのは冒険だ。日常から直接、冒険に入ってしまうと読者はおいていかれてしまう。非日常、しかも夢のような、そういった世界を挟むことによって読者は素直に冒険に旅立てる。しかも巧妙な事に作者は冒険に旅立った後も読者を現実に何度か引き戻す事もある。

”のび太の大魔境”では、ジャングルを旅しながら夜にはどこでもドアで家に帰るという行ったり来たりを演出しているし、”魔界大冒険”でも一度家に戻る。 この演出によってのび太たちの冒険は現実の延長にあるように感じられて、ワクワク、ドキドキ、あるいは恐怖を読者に強く与えうる。 大長編ドラえもんは、いろいろな視点を持てるような大人になってから読むと、更に楽しめる。