サッカー漫画考察 サッカー漫画メシについて

サッカーに限らず、アスリートにとって自分の体作りに取って必要不可欠な、「バランスの良い食事」。少年向け、あるいは漫画=娯楽的な読み物というイメージからか、サッカー漫画に食事とか、身体をつくるメニュー的な話って、意外と出てこない印象を受けます。

とは言え、「アオアシ」の一条花は、アシトに対して、栗林晴久が感心するほどのバランスのいいメニューを考案してあげたりしていたり、「キャプ翼」の赤嶺真紀が日向小次郎に対して、「スポーツ選手にコーラはよくない」みたいなことを言ってこぼすシーンがあったりと、全く取り上げていない訳でもないようです(新しい作品だと、ジーコとアントラーズの選手のエピソードを絡めて、アスリートにスナック菓子は良くないみたいな話は良く出て来ますね)。

今回はタイトル通り、サッカー漫画に出てきた食事、「サッカー漫画メシ」を取り上げたいのですが、筆者自身は、年齢的にも体力的にも、また肉体的にもアスリートと言うには程遠い(笑)ので、アスリートメニューを摂取したところで、猫に小判になってしまうので、漫画作品中に出てきたメニュー等の一部にクローズアップし、実際に食してみた内容について記述させていただきます。

まず「ジャイキリ」達海猛が言うところの「俺のおすすめ朝食セット」。なんて事はない、タマゴサンドとドクターペッパーが1缶です。海外での(おそらく)一人暮らしが長かったためこのような組み合わせなのでしょう。個人的には「朝から炭酸飲料」というところに違和感を感じた通り、空きっ腹に炭酸飲料は強烈でした(笑)。飲んだ直後よりも、飲んで暫くしてからの胃への残留感を強く感じました(もしかしたら、この残留感で腹持ちよくさせてるのかも知れませんが)。

「アオアシ」の一条花の肉の焼き方。アシトの肉(カルビ)の焼き方がなってないと指摘したのち、自分で焼いて見せた時のセリフ「脂をもっとしっかり焼くことでおいしくなるし、胃への負担も減る!」「いわゆる片面8割裏面2割…」「表面をカリッとさせることで肉の食感にアクセントを。」の部分。何処か焼肉の正しいマナーみたいな感じですが、この焼き方を実践して焼いて食べてみると…なるほど、これが焼肉の味なんだ、と感心すること請け合いです。皆さんにも是非お勧めします。

 

追記

この原稿を書いた日の夕食がカレーだったのでおまけを。「BE BLUES」の中で、黒部監督が退任の際に部員たちに振舞った手作りカレーが美味しそうに見えましたが、部員たちはどのような味に感じたのでしょうか?少なくとも一生忘れられない味であったのではないかとは思いますが…。

 

サッカー漫画考察 サポーターのあるべき姿「ジャイキリ」羽田政志編

実際のプロサッカーチームのサポーターというと、一部の偏った報道のせいか、比較的悪い印象を受けがちです。また、ちょっと前にあった、元代議士のツイートに本気で腹を立て、更なるいざこざを招くなど、「喧嘩っ早い」「脳筋」といったことを捲し立てられることも、しばしばあります。

それがサポーターとしての本来あるべき姿なのでしょうか?

「ジャイキリ」ETUのサポーター集団「東京スカルズ」を率いる羽田も最初登場した時は、そんなイメージのキャラクターでした。しかし、話を追うごとに、ただ単にいかついだけの人物ではないことが判明してきます。

「俺たちユナイテッドスカルズはETUを勝たせるために存在する 俺たちの力を信じろ チームを強くするのはサポーターだ」(3巻 25話)

「忘れるな!!俺たちの声はチームを動かせる!!俺たちの声は大きければ大きいほど…選手はギリギリのところで踏ん張れるんだ!!」(11巻 104話)

「選手だよ 選手のためだけに声ふりしぼってんだよ 俺たちユナイテッドスカルズは」(24巻235話)

かなり昔ですが、某コント番組でサッカーのサポーターをネタにした話があり、その中で「おっさんも騒ごうぜ」というセリフがあったことを記憶していますが、ただ騒いでいるだけというのは違う訳ですね。

拡声器もフラッグもチャントも、試合を見に来ている人のストレス解消のためにあるのではなく、選手のためにある…素晴らしい美学です。

この羽田の姿勢、問題を起こしがちの一部の「自称サポーター」の方にも見習ってもらいたいものです。問題視されるようなゲームフラッグや横断幕を掲げたり、対戦相手の選手を汚いヤジで誹謗中傷したり、応援しているチームが負けた腹いせに破壊的な行動を起こすなど、あってはいけないことです。

「サッカーは誰のためにある」という話をここでするつもりはありませんが、少なくとも、そのような輩のためにあるのではない、とだけは言えるでしょう。

「君の名は。」と性格

風景のリアリティや切なさ等、魅力盛りだくさんの「君の名は。」。このサイトにて、これまで様々な切り口で作品の魅力を伝えてきました。今回は、瀧と三葉の人物像に迫ります。言動等を元に、二人の性格や深層心理を探っていきます。

【瀧】

瀧の人となりは、三葉と入れ替わっている時によく表れています。奥寺先輩が言っていた「喧嘩っ早い」は、机を蹴飛ばすシーンや、町長の胸ぐらを掴むシーンで明らかになっています。この「喧嘩っ早い」はプラスに考えると、「行動力がある」という見方もできます。彼の持ち前の行動力は、糸守での日々でいかんなく発揮されています。

例えば、「カフェなんてない」とあきらめムードだった空気の中、ノコギリで木を切って、即席のカフェを作る。体育の授業でイキイキとバスケをする(生徒の反応からして、三葉は体育で活発に動くタイプではなかったと思われる)。そうした行動から見て取れます。

記憶の絵を頼りに岐阜まで行く等、とどまることを知らない瀧の行動力に学ぶことも多いです。しかし、奥寺先輩へのアピールにその行動力は発揮せず…。

 

【三葉】

三葉の気持ちの変化を見ていると、「性格」は変えられる!と思います。入れ替わりが起こる前の三葉は暗い影を背負っていました。瀧からメールで「もっと堂々としろ」と書かれていましたが、男女ともに好かれる三葉(in瀧)から分かるように、元々魅力のある子だったのです。

三葉は瀧に感化されます。その結果、一人で東京に向かうという行動に移します。

奥寺先輩が「瀧くんは誰かと出会って、その子が瀧くんを変えたのよ」と言いましたが、三葉に対しても同じことが言えます。入れ替わりの日々の中、東京や新しい男の子の友人、奥寺先輩との出会いが、彼女に勇気を与えたのだと思います。

 

【まとめ】

「性格」とは生まれ持ったものではなく、「行動」が「性格」になります。そして、人との出会いが良い結果をもたらすことが往々にしてあることを、「君の名は。」は伝えています。貴方はどの登場人物に心を揺り動かされましたか?

サッカー漫画考察 「ジャイキリ」おじさんサポ達の心理

2018年のJリーグが開幕しました。

時間的なタイミングが合いましたので、今回は私もエコパスタジアムのジュビロ磐田対川崎フロンターレの開幕戦に足を運びました。

私自身開幕戦に足を運んだのは何年振りだろうと、振り返らなくてはいけない程遠い過去の話でしたが、毎年来る人、あるいは私と同じように、久しぶりに足を運んだ人など様々だったことと思います。

で、ジャイキリ25巻でETUの東京スカルズのコールリーダー羽田を軸にして話が展開されているのですが、その中で、ライトなサポーターは3年周期で入れ替わる、みたいな話があった訳ですが、私が今回足を運んだ磐田戦では、3年周期で戻って来るサポーターもいる、ということを感じました。

ETUはユニフォームのデザインがほとんど変化のない設定なので、昔のレプユニを着用して行っても違和感はない(25巻ではなかったと思いますが、実際におばあさんサポが昔のユニフォームを着ているシーンがありました)のですが、実際の磐田のユニフォームは毎年デザインが変わっていて、昔のレプユニと今年あるいは去年のレプユニが混ざり合い、みんなで応援のコールをする…そんなシーンを見ました。

同じ10番でも「SHUNSUKE」と「YAMADA」とはいった10番がいるかと思えば、「TAGUCHI」とはいった7番を着用しているサポ、中には名波監督の現役時代のレプユニのサポもいました。

「ジャイキリ」で達海監督の現役時代のレプユニを引っ張り出してスタジアムへ駆けつけたおじさんサポの姿もあり、もしかしたら今回の観戦者にもそういう人がいたのではないかと思いました。

しかし、ずっと応援しているコアサポからすれば、強くなってからスタジアムに舞い戻ってきたような人たちの存在は面白くないのが正直なところです(実際「ジャイキリ」の中でも、コアサポのそういう心情を描いている部分がありました)。

しかし、そんな中でスタジアムに戻ってきたサポは、昔のエネルギーに溢れ熱気に包まれた場所に、どこか懐かしさのようなものを感じたり思い出したりして、戻ってきたような気がします。ETUのおじさんサポ達、今日エコパスタジアムでみた人達、自分自身…今の生活のどこかに苦しみやうっぷん、あるいは辛さなどを感じていて、これから変わるであろう、自分が応援するチームに自分自身も変わりたいという心情を重ねてスタジアムに戻ってきた…そんな感じがしました。

 

「君の名は。」と仕草

前回記事にて、「君の名は。」の魅力の一つに、リアリティなところと書きました。風景のみならず。涙に着眼点を置いても、リアルを追求していました。

今回も同じように、あるものに注目します。今回は「仕草」です。

「仕草」の中でも「男女の仕草の違い」を見ていきます。言うまでもなく、「君の名は。」は瀧と三葉、入れ替わった二人の男女の物語です。故に作中で男性らしい、女性らしい仕草がいくつか見受けられます。それらを紹介していきます。

◆男性的仕草「瀧」

まずは瀧の仕草から見ていきます。分かりやすいものが、隕石から糸守町を守ろうと、テレビの前に決意を固めている時です。腰に手を当てて堂々と立っている様は、三葉にはない仕草です。

他にも、坂道を走るシーンが、瀧本人と三葉に入れ替わっている時の瀧でそれぞれあります。比較してみると違いは明らかなので、声でも行動でもない性差が見えてくる興味深いシーンです。

◆女性的仕草「三葉」

次に三葉の仕草です。ここでは入れ替わった時のとあるシーンを抜粋します。入れ替わりのルールをお互いのスマホに残すシーンで、瀧(in三葉)は電車の中でスマホを操作しています。この時の足に注目。足を閉じて若干交差させています。

この仕草は大変女性的な仕草です。交差、すなわちクロスさせる仕草です。逆の仕草は大きく足を広げて座るになりますが、この仕草は偉そうなオッサンがする仕草です。

クロスの技法は臨機応変に使えます。カフェで、左にある飲み物を右手で取ったり、足を組み変えたり、逆方向やクロスを意識することで、異性への自然なアピールとなります。女性を意識してほしい相手と接する際、こうした「モテ仕草」を知っておくといいでしょう。

◆女性的仕草「奥寺先輩」

最後に奥寺先輩です。流石はアイドル的人気の奥寺先輩です。上記の「モテ仕草」を自然に行っています。瀧との初デートの際、向かい合っている瀧の右手を、奥寺先輩は右手でつかみます。ここに「クロスの法則」が発動しています。

また、クロスではない場面で、岐阜に訪れた時、ラーメンを食べる奥寺先輩が、髪をかき上げて食べていますよね。この仕草、実は「モテ仕草」です。足もそうですが、髪も女性らしさが出る体の部位なので、男性はドキッとしやすいとされています。髪をかき上げる他に、髪を結ぶ、おろすといった仕草も男性は弱いです。

いかがでしょうか。「君の名は。」の登場人物から、仕草の重要性を知っていただければと思います。

サッカー漫画考察 プロでいられることの凄さ「ジャイキリ」ネタ

今回は、こんな「ジャイキリ」ネタで。

30巻の達海猛引退試合の話は、漫画をネタにした各方面のブログで多く語られています。

ETU監督の達海が、使える選手が少ないという理由から、現役復帰を宣言して、現役組とミニゲームを行うのですが、ケガやブランクによる影響はさすがに大きく、結局6-1のスコアで敗れ、そこで、達海は現役引退を改めて表明します。

その引退試合のなかでの「俺はさ・・・あいつらにもう一回考えて欲しいんだよね・・・・

ボールを蹴られる喜びとか ゲームが出来る幸せとか 凄い事なんだよ プロでやるってのはさ・・・・ 自分の好きなことを追及して・・・それで生活できるんだから・・・ あいつらに もう一回分かってて貰いたいんだよね・・・・ その幸せな時間は 永遠に続くわけじゃねえってことを」と言うセリフに考えさせられるものがありました。

2017年版のレジャー白書によると、10代男性の45%弱、10代女性の15%強が日本でサッカーをやっている

そうで、そこから年代を追うごとに減少しているようです。特に、10代から20代へ推移するときに急激に減っているのですが、中学あるいは高校まででサッカーを終える(あるいは辞める)人が多いという理由も絡んでいるのではと思います。

サッカーを続けたくても続けられない、それが上には上がいるという事を知ったり、あるいは、ケガなどが原因で諦めたりといった挫折もあるのでしょう。しかし、プロになる人たちは、そう言ったものを乗り越えてプロになり、また、そこでも常に試合に出る選手たちは、更にそこから上の段階すら乗り越えている訳です。まさしく「凄い事」なんだと思います。

その「凄い事」も、慣れて来ると当たり前の環境となり、「凄い事」を「凄い事」と感じなくなってしまう。そこから生まれる「気の緩み」や「妥協」し、進化することを辞めてしまう、あるいは諦めてしまう…そんな選手たちへ、達海は警鐘を鳴らしたかったのかも知れません。

「自分の好きな事を追求して、それで生活できる」ことの凄さと、「その幸せな時間は、永遠に続くわけじゃない」という儚さ…表裏一体の時間の中で、必死になってプレイをしている選手の背中には、ピッチに立てなかった人たちの、夢や想いが重なっているのかも知れません。

 

サッカー漫画考察 「ジャイキリ」に見る地方クラブのデメリットとメリット

「ジャイキリ」でETUから甲府へ移籍した石浜。単行本の40巻にて、甲府に移籍してからETUがいかに恵まれたクラブであるかを、延々と語っています。

地方クラブは、「選手の年齢層が高く、レンタルで来てる選手が多い」こと、「若手で有望株の選手が育ってきても、すぐ他のクラブに買われてしまうのが現実」であるがゆえに、「だから代表クラスの選手が長く活躍することはあり得ない」…つまり「引き留めておくだけの資金がない」という現実を語っています。

その資金面においても、「でっかい企業の後ろ盾のない分、地元の小さな会社やお店が、お金を出し合ってクラブを支えている」ゆえに「ホームスタジアムにスポンサーの看板が多く並んでいる」現状、東京や大阪のような大都市圏のように、人が多くスタジアムへの集客がしやすい場所とは違い、中々集客のしにくい現実など、淡々と元チームメートの清川に語っています。

大きな企業、スタジアムへ足を運ぶ観客…そう言ったものは、確かに地方都市よりも第押しの方が、確率的には多くなります。ましてや、ここ最近の東京への一極集中化へ拍車の掛かった状況ですと、余計そのように感じたとしても、仕方がないのかも知れません。

また、石浜はこうも語っています。

「クラブとしての規模は小さくても、スタジアムの看板数が物語っているように、沢山の人達が多くの情熱をもって支えてくれてて、色んなクラブを渡り歩いてきたような選手たちが、もう一度ここで輝こうと、必死になってサッカーに取り組んでる。」「俺はここでなら、純粋にプロサッカー選手としての喜びを感じられる」と…。

なるほど、地方クラブは大都市に本拠地を置くクラブに比べて、クラブとサポーター、地域の人達との距離が近い感じがします。それ故に、「おらが町のクラブ」が試合に勝てば自分のことのように喜び、町中で選手に会えば、自分の知り合いの如く声を掛ける、そんなこともある訳ですね。とはいえ、「後がない」ことを感じている選手たちは、熱意を持って努力をしている…地方クラブの良い点であり、地元に愛される所以でもある訳ですね。

現在のJリーグは、J1に18クラブ、J2に22クラブ、J3に14クラブ(J1のU-23チームは除く)が所属しており、その約半分は地方クラブといっても過言ではないでしょう。そんな地方クラブが、恵まれた大都市圏のクラブを撃破する、リアルな「ジャイアントキリング」こそ、これからの日本のサッカーを、そして日本という国そのものを盛り上げていく原動力となる、そんな予感がします。

 

追記

そう考えると、元々サッカーが盛んな地盤のあった静岡県のクラブチームは、地方クラブの中でも恵まれている方なのかも知れませんね。あくまで推測ですが…。

サッカー漫画考察 私の選ぶ「ジャイキリ」ジーノの名言

気持ちにギラギラ感たっぷりのキャラクターの多い「ジャイキリ」の中でも、その言動やプレイスタイルがスマート且つクールで、作品の中でひときわ存在感を放つ「王子」こと「ジーノ」ことルイジ吉田(作品中で、達海が初対面の時に吉田と呼んだ以外は、王子もしくはジーノと呼ばれているため、最早、ルイジ吉田という名前に違和感すら覚えますが…)。

このジーノの言葉、ジャイキリの作品に関連するサイトでは、そのセリフが名言として取り上げられています。中でも、「単純な人間が単純な行動に出るのは不快だけど」「単純な人間が半端なことをしようとするのはもっと不快だね」のセリフは大人気で、大体のサイトで取り上げているようです。他にも「意見してくれる存在は有り難い ボクを独りにしないためにも…」というセリフは、チームプレイをしている人間でありながらも、孤独を感じてプレイしているジーノの心情が伺えます。

で、私が取り上げたいのは「野蛮な動物には それ相応の飼い慣らし方があるものさ」というセリフ。43巻の対東京ビクトリー戦で、ガブリエルのパスを上手く繋いで、夏木の得点をアシストした後に、ガブリエルからパスを狙っていたのかシュートを狙っていたのかを聞かれたときに言ったセリフです。

サッカー漫画から離れますが、ファーストガンダムで、アムロを思うように動かせずに苛立っているブライトに対して、リュウが「ゆっくり話し合ったことはないんだろ?それじゃ虎は、おとなしくにはならん」と言ったセリフに近いものを感じますが、ガンダムの登場キャラクターが、10代後半の少年であり、解決策を模索している状況であるのに対し、ジーノは26歳と歳を重ねている分、解決策を持っていて大人だなという印象を受けます。更にそれを聞いたガブリエルの「なるほど 勉強になった」という言葉が、ジーノの懐の広さを感じます。

気が荒いとか自己主張の強い人間は世の中に多くいます。そういった人たちが気に食わないからと言って、面と向かって対峙していたら、こちらが先に疲弊しかねません。そういった相手に対して、受け流しつつも上手にコントロールする…「王子」だからこそ出来る技なのかも知れまんが、実際のサッカー選手のみならずいろんな人が見習う必要があるのではと思いました。

 

追記

「ジーノって色んな国の言葉話せていいねー」「ふふふガブリ―も日本人の彼女を作るといいよ」と言うジーノとガブリエルのやりとりは、元F1ドライバーの中嶋悟氏が、当時の愛弟子の高木虎之介選手に「英語をおぼえるならイギリス人のガールフレンドを作るのが近道」みたいなことを言っていたことを思い出しました(笑)

「君の名は。」と涙

「君の名は。」には数々の名シーンがありますね。手のひらに書かれた「すきだ」を見て、駆け出す三葉。神社に続く階段で再会する二人…涙なくして語れないシーンです。

この記事ではそんな「涙」に注目してみます。瀧と三葉は別に泣き虫なわけではありません。故に二人が涙を流す場面は印象に残ります。そういったシーンから「涙」について考えていきます。

◆「涙」のシーン◆

では、劇中で瀧と三葉が涙を流したシーンを振り返ります。

①入れ替わった瀧が、口噛み酒を奉納した後、目覚めた時(瀧)

②瀧と奥寺先輩のデートについて思いを巡らしている時(三葉)

③瀧が口噛み酒を飲んで再び三葉と入れ替われた時(瀧)

④カタワレ時の山頂で、瀧と出会えた時(三葉)

⑤三葉との出会いの後、瀧が三葉の名前を思い出せない時(瀧)

⑥テッシーと共に町民に避難を呼び掛けている時(三葉)

⑦手のひらに書かれていた「すきだ」の文字を見た時(三葉)

⑧長い階段で二人が言葉を交わした時(瀧・三葉)

◆三種類の涙◆

涙には三種類の涙があります。「嬉しい涙」「苦しい涙」「無意識の涙」です。

先述したシーンはそれぞれ

「嬉しい涙」…③④⑦⑧

「苦しい涙」…⑤⑥

「無意識の涙」…①②

に分類できます。

そして、この三種類の涙の内、「嬉しい涙」と「無意識の涙」は目尻から、「苦しい涙」は目頭から流れやすいです。

理由としては、嬉しい涙や無意識の涙を流す時は、顔は正面を向いているか上を向いているかです。よって涙はより低い位置にある目尻に向かいます。一方、苦しい涙は、眉間にしわが寄っていたり、うつむいていたりすることから、涙が目頭に向かいます。

もちろん例外もあります。③は嬉しすぎて表情がぐちゃぐちゃになっているので目頭からも涙が溢れています。ただ、⑤や⑧の涙の流れ方はとても自然です。悲しい時や嬉しい時の涙はこうなるということをわかって描いてあると思いました。アマチュアの絵師の中には、目と同じ大きさの涙を書くような人もいます。一つの表現の形かもしれませんが、新海誠作品は「リアリティ」が一つの特長なので、こうした細かいところの配慮も、丁寧な仕事ぶりが見て取れました。

秒速5センチメートルはBADENDなのか

新海誠監督の長編アニメ作品の3作目「秒速5センチメートル」。

初恋の二人が結ばれずにすれ違って終わることから、「バッドエンド」だという声もあります。その意見について考えていきます。

そもそも「結ばれる」でなければハッピーエンドとはいえないのでしょうか。

ラストシーンでタカキは、踏切を渡った後にアカリの存在が未だ強く心の中にあることを再認識します。そして強い視線を前に向けます。「君の名は。」で「すきだ」の文字を見た後の三葉のように、強い目です。

「初恋の素敵な記憶と共に生きる」

これは一つのハッピーエンドともいえます。

ではもし、タカキとアカリが結ばれ、初恋の相手同士で夫婦となったらどうなっていたでしょう。もちろんファンとしてはずっと幸せな二人でいることを願います。

しかし、生活を共にすることで、もしかしたら相手の嫌な一面ばかり見るようになってしまったり、当時とは違う感情、それも好ましくない感情が互いに芽生えてしまったりするかもしれません。

描写こそありませんが、アカリもタカキのことを強く愛おしく思ったままだと思います。そう考えると、素敵な初恋がそのまま壊れずそこにあり続けることは、十分幸福なのではないでしょうか。

ちなみに、初恋の相手と結婚するというケースはどれくらいあるのか。「初恋の人との現在の関係はどうなっているか」を20代~50代の人を対象に、ライフネット生命保険が調査しました。

結果、「配偶者・婚約者」と答えた人の割合は1%でした。初恋の人と結ばれる確率は100人に1人というデータでした。初恋が結婚までつながることは稀なケースであるとわかりました。物語の中で現実のデータを出すのは野暮かもしれませんが、初恋同士が結婚までいかなかったことで二人を責めたり嘆いたりすることはないと思います。

加えて「思い出に残っている人(どこで何をしているか知らない)」と回答した人は84%という結果でした。その中には苦い思い出のままの人もいると考えると、タカキやアカリ、少なくともタカキの心に光が差し込んだラストは、ハッピーエンドだと私は思います。